広告の量と街の景観のバランスが大事なことはインターネットを見ればわかる

広告と街の景観

広告のことについて最近考えてます。

1日の中で広告を見ない日なんてもうほとんどないです。

外に出て少し顔を上げれば至る所にあるし、室内でもTVを観たりネットサーフィンをしていればいつも目につきます。

そんなにたくさん貼って、実際にどれくらい効果があるのか、ちゃんと考えてるんでしょうか。

効果があったとして、広告をそこら中に貼ることによる悪影響について考えてるんでしょうか。

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広告の量と街の景観のバランス

街とのバランス

広告は誰かの目につけばその人の頭に残ります。当たり前のことです。

だけど、あんまりいっぱいあると逆に入らなくなってしまうことがあります。

人は慣れると注意力が薄れるし興味もなくなります。たとえ目に入っても記憶に残りません。

渋谷の街を歩いていると、広告に目をやってる人はほとんどいないです。

あまりにいっぱいあるから、萎えてしまってるんだと思います。

ぼくも広告で埋め尽くされた駅前を目にする度に嫌気がさします。どんな広告があったかなんて覚えてないです。

広告自体はとても大事だし、そこからいろんな人に知ってもらえるとチャンスになります。

でも、全体のバランスを考えずに、ただただ利益のことを考えて広告を貼ることに意味があるのかどうか。

インターネットで考えてみる

例えば、インターネットでもこれは同じことだと思います。

ブログにたくさんアフィリエイトの広告を貼ってしまうと、そこに来た人はだいたい違和感を覚えます。

もしかしたらそれが嫌でもう来なくなる人もいるかもしれないです。

ブログに広告を貼ること自体は問題ないと思うんですが、やっぱり違和感を与えるほどぺたぺた貼るべきじゃない。

みんな、そのブログにある広告のためにやって来るわけじゃない。ブログの記事に興味を持ったから来るはずです。

このことをどこかに置き去りにして、読んでくれてる人がいかに広告に興味を持つか、そんなことばかり考えてる人が多くて悲しいです。

広告と人の気持ち

駅前の広告はそこに降り立った人や歩いてる人の気持ちを考えてるんでしょうか。

もし海外から旅行者がやってきて、広告に溢れた日本の街を目にしてどう思うのか。

去年、1年間の外国人旅行者数が1千万人を超えました。ここ数年間でいっきに2倍になったのだとか。

日本で新婚旅行をする予定のカナダ人の友人が「日本の田舎が見たいんだ」と言ってきたことがありました。

「どうして?」と聞いたら、「東京も楽しそうだから行くけど、田舎にも良いところはたくさんあるはずだ」と言ってました。

そんな彼は田舎に行く途中、たくさんの広告をいろんなところで目にしたにちがいないです。そして、田舎でも見たはずです。

いったいどう感じたんでしょうね。新幹線に乗っていて、外を眺めてたら広告が見えてきます。どう思ったんでしょう。

去年、久しぶりに京都に行って、その街の美しさにやられました。今年の夏に南フランスに行ってきました。素敵すぎて言葉が出なかったです。

ぼくは「街の景観を壊す」という言葉が好きじゃないです。なんだか未来に逆行しているように聞こえるからです。

ヨーロッパのように街の建造物を守り続けることだけが大事だとはまったく思いません。

ぼくたちだって現代に生きてるのだから、後世に残す素晴らしい建物やオブジェを作っていけばいいはずです。

でも、広告でいっぱいになった都市や街が未来だとしたら、それには反対です。絶対に。

「広告を規制するなんて企業がかわいそうだ」と思う人もいるかもしれないですが、本当にそうでしょうか。

ほとんどの企業は広告代を払えるだけの資金(余裕)があるから、広告を貼ってるんだと思います。

ぼくは「広告はダメだ!」なんて言ってないです。

街には人がいて何かを感じて動いてます。そのことも踏まえて、バランスを考えた方が良いという話です。

まとめ

広告で街の景観が壊されて、もしかしたらもうそこに来なくなる人がいるかもしれません。

景観や雰囲気の良さで人の気分や感情はかなり変わります。

インターネットの世界とリアルの世界。どちらも人が関わってるのだから、両方ほとんど同じはずなんです。

ブログも街も素敵に見えた方が良いに決まってます。

利益とかそういうことの前に、もうちょっと敏感になっていろいろと考える必要がありますよね。たぶん。

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