バックパッカーとして世界一周もいいけど、1つの国や街をじっくり見ることもすっごく大事だよ

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ここ数年、バックパッカーが流行りに流行ってる気がします。どうしてこんなに騒がれてブームになってるのだろうというくらい、たくさんの人がTwitterやFacebookで「世界一周したい!」と呟いてます。

ぼくは世界一周したことはないんですが、もうカナダのトロントに4年近く住んでいて、いくつかの国には数週間滞在したり、旅行で行ったことくらいならあります。

それでもそこまで世界一周には興味がなくて、今日はその理由みたいなことをちょっと書いてみようと思います。

世界一周をしたい人やしてる人には、もしかしたらちょっと批判的な内容に映ってしまうかもしれないことを、最初にお詫びします。

ちなみに、そんな批判をするような意図はまったくないので、そこのところもわかってもらえると嬉しいです。

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1つの国や街のことは、そんな簡単にはわからない

バックパッカーとして世界一周をしたり、短期間で数ヶ国を周ることの理由というか目的はいろいろあると思います。その中でもインターネット上でよく見かけるのは、こんな感じです。

1. 自分を変えたい
2. 自分の視野を広げたい
3. 自分を向上させたい
4. 世界の絶景を見たい
5. いろんな国の人と出会いたい
6. いろんな国の料理を食べたい
7. いろんな国の文化を学びたい
8. 就活に活かしたい
9. 世界一周という夢を叶えたい
10. なんとなく行きたい

どれも「わかるわかる!」とぼくも納得してしまいそうな理由や目的で、単純に「すごいなぁ」と思います。

途中で疲れがたまってくる

でも、ぼくはやっぱり世界一周に魅力を感じなくて、その理由のひとつが疲れちゃうからです。

特に短期間でいろんなところに行く旅行が苦手で、集中的にいろんな場所を訪れると、日が経つごとに疲れてきて、帰る頃にはドラえもんのどこでもドアがほしくなってきます。

それにテンションが上がってる最初の頃はいいんですが、疲れがたまってくるとだんだん起きるのもどこかに行くのも面倒になってくるし、そこに行ったとしても感動する気力さえなかったりします。

これは旅行に限らなくて、日常生活でも短期間でいっきにいろんなことをしようとすると、どっと疲れがやってきて、途中で集中力とかやる気も薄れてきます。

まあ、これはぼくのような体力のない人だけかもしれませんが、少なくともぼくはそういう理由があって、1日目は街をぶらぶらとまわって、2日目はカフェで1日中本を読む、みたいなゆっくりとした旅行をしたいです。

こう言うと、じゃあそうやってしながら世界一周をするか、1度帰ったらいいじゃないかと思う人がいるかもしれません。確かにそうなんですが、そんなことをしてしまうと時間もコストもかかって仕方なくなるので、現実的にきびしかったりするんですね。

達成したという自己満足感が中心になる

ぼくが世界一周にこだわらないのには他にも理由があって、それはたとえ世界一周したとしても、自己満足感が中心になって終わる可能性が高いからです。

どういうことかと言うと、世界一周となると、基本的には最小限のコストと時間でまわらないとやっていけません。そうするとひとつの国や街に滞在できる時間も行ける場所も限られてきます。

世界一周すること自体が目的ならいいんですが、ぼくのようにその国、その街、そこにいる人々、そこにあるいろんなものに触れたいときには、そんなことをしてしまうと、「ただその場所に行ったことがある」という記憶だけが残ってほとんど終わっちゃいます。

実際に2週間ほどでイギリスとフランスを合わせて8つくらいの街を旅行したことがあって、そのときは時間に追われて、ゆっくりとそれらの街をぶらぶらする時間もほとんどありませんでした。

そのせいで、おしゃれな雑貨屋さんやよさそうなレストランがたくさんあったのに、街の写真を撮って終わったという感じでした。

短期間の滞在では、わからないことがたくさんある

ニューヨークに1ヶ月間滞在したことがあります。実はその前にも二ューヨークには何回か行ったことがあったんですが、どれも数日間だけでした。

そういうこともあって、ぼくの中のニューヨークは美術館がたくさんあって、観光客がいっぱいいて、ブランドショップが立ち並んでて、地下鉄がものすごく汚くて、危険なところ、というようなイメージしかなかったんです。

もちろん、それらの数日間の旅行のなかで、インターネットで調べた雑貨屋さんとかレストランに行ってみたものの、どれもいまいちでした。

さまざまな分野で世界の中心とも言われる「ニューヨーク」のすごさを、ぼくはそこまで具体的に感じることはできませんでした。でも、もしかしたらぼくがまだ知らないだけかもしれない。

そこでトロントから近いことと時間がちょうどあったこともあって、ぼくはいつもより長くニューヨークに滞在してみることにしました。

3日目だったかな、ブルックリンに行く機会がありました。これが2回目だったんですが、1回目は少しだけ橋の近くをぶらぶらしただけで、特に何も感じませんでした。

今回はお店がたくさんある方までもうちょっと進んでみました。そうすると、想像以上におしゃれなカフェとかよさそうなレストランがいくつもあってびっくりしました。明らかにマンハッタンよりも集中して、あるんです。

このときにニューヨークのイメージががらっと変わりました。それはマンハッタンにも観光地以外によいところはいくつかあります。だけど、ブルックリンは明らかに街の雰囲気自体がいいんです。

他にも1ヶ月間滞在して、日常生活風に毎日を送ると、数日間の旅行では感じ取れなかった街の独特な空気感、ニューヨークのよい部分と悪い部分、そこに住んでる人の考え方みたいなものもよくわかるようになりました。

これが数日間の滞在だと、どうしても行ける場所が限られてしまうし、得られる情報量も少ないので、よいか悪いかの極端なイメージや「とりあえず行ってきた」みたいなかなり主観的というかさっきのような満足感中心になることが多いんです。

これは仕方のないことで、だからこそぼくは1ヶ月間でもニューヨークに滞在できて幸せでした。また行きたいと思うし、ニューヨークでしか得られない情報や経験をたくさんすることができました。

街に溶け込んでみる

何度も言うように、「ただ世界一周がしたい」とか「世界の絶景をたくさん見たい」みたいな人は、どんどんそうすればいいと思います。たぶん、世界一周することでしか得られない何かがあるはずです。

一方で、もし「自分を変えたい」とか「自分を向上させたい」、あるいは「いろんな人と出会いたい」みたいな人は、世界一周にこだわる必要はそこまでない気がします。少なくとも「一周」である必要性はどこにもないです。もっと言うと半周でもなくてもいいです。

それよりもどこか自分の行ってみたいところに、数週間でも数ヶ月でも滞在してみて、その街に溶け込んでみてください。そこに住むひとりの人として、得られる情報がきっとたくさんあります。

もっと身近なことで例を出すと、いろんなレストランにたくさん行ってるものの、ひとつひとつのお店のおいしい料理をほとんど知らない人と、そこまでいろんなレストランには行ってないものの、ひとつひとつのお店のおいしい料理を知ってる人がいるとします。

もしこの2人の両方が知ってるレストランに行く場合、どちらにそこのおすすめ料理を聞くでしょうか。ぼくなら迷わず後者のおいしい料理を知ってる人にします。

これはかなり極端な例ではありますが、なんとなく言いたいことはわかってもらえたと思います。どちらを選ぶかはその人次第ですし、人によっては数日滞在するだけでも、そこに長く滞在してる人に近い情報量を得られるのかもしれません。

ただ、少なくともぼくは無理で、自己満足で終わっちゃうことはもちろん、途中でただただその国や街に行くこと自体が目的化されて終わってしまいます。それなら一定の場所でいろんなことを蓄積したい、と思うんです。

まとめ

とまあ、いろいろと書いてみたものの、みんながどう考えるかは自由ですし、何を選ぶかも自由。ただ、もし世界一周ブームに流されてる人がいるなら、この記事を読んでもらって、こういう選択肢もあるよ、ってことを提示したいという意図もあったんです。

そういうことなので、冒頭でも言ったように、決して世界一周してる人やそれに憧れてる人を批判しようとして書いたわけじゃないので、よろしくお願いします。

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