ニーチェが好きな人にぜひ読んでほしいエミール・シオランの「崩壊概論」

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ぼくが高校生のときに大好きだった哲学者が3人います。ブレーズ・パスカル、フリードリヒ・ニーチェ、それにエミール・シオランです。

この3人を見てわかる人はわかると思うんですが、学生時代のぼくはとっても皮肉的な人間でした。

久しぶりに昔使ってたGmailを見てたら、エミール・シオランの「崩壊概論」から抜き取った言葉が保存してあったんです。

一通り読んでみたら、今でもぐっとくるものがたくさんあったので、いくつか紹介したいと思います。たぶん、ニーチェが好きな人はシオランも気に入るはずなので、ぜひ目を通してみてください。

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崩壊概論から

歴史とは、とりもなおさず嘘っぱちな「絶対」の行列であり、さまざまな口実を楯に築かれた神殿の連らなりであり、無理が通って道理がひっこんだ結果である。

こういうことを平然と言っちゃうところがシオランのよいところなんです。高校生になると、日本史だけじゃなくて世界史も習って、いろんな知識がつくことで、「歴史はすべてが真実というわけではないかもしれない」ということになんとなく気づき始めるじゃないですか。

そもそも伝言ゲームをしたって、最初に言った人と最後に聞いた人の言葉が違ったりするわけですし、人間が介在してる限り、嘘はつきものですよね。

でも、学生時代にはそういうことをはっきりと言ってくれる人が近くにはいません。先生は教科書通りにしか話しませんから。

そんなときにシオランのこの言葉に出会って、「やっぱりな」と思うわけです。それはだんだん皮肉っぽい人間になりますよ。

誰の心の中にも一人の預言者が眠っていて、それがいったん目覚めると、世の中に少しばかり不幸がふえるのである。真理を説こうという気違いじみた情熱はわれわれの内部に深く根をおろしているので、それは生存本能さえ与り知らぬもっと暗い奥底から吹き上げてくる。誰もが人に説きつけようと、自分の出番を待ち構えている。

「誰もが人に説きつけようと、自分の出番を待ち構えている」。これはもう衝撃でした。自分の本質を見抜かれてる気分でした。

こういうことって暗黙の了解というか、なかなか人から聞くことじゃないですよね。特に思春期の頃は、他人に自分の知識をひけらかしたくなりやすいです。

自己主張、つまり自分をもっと認めてもらいたい、かまってもらいたい気持ちでいっぱいになるので、誰かに説教くさいことを言っちゃうんですよね。シオラン恐るべしです。

生きるとはすなわち自分自身の小ささに目をつぶることなのである。

これも自分を見透かされてる気がして、ゾクッとしたのを覚えてます。自分がどんなに小さい人間かはどんなに威張っても、自分自信がいちばん知ってるんですよね。

だけど、思春期の時期はそういうところをコントロールできないから、どうしても反抗的になったり、かっこつけたりしてしまいがちです。

まあ、この当時はこの言葉に触れて「うん、そうだ」と思っても、自分を見直すことはできませんでしたが。

言葉を溺愛するため、それは重い沈黙の秘密を憎み、軽々しい無色透明なものに変えてしまったのだ。

これはもうギリシャ時代のソクラテスから言われてることで、「言葉を使いすぎると言葉自体に重みがなくなる」と言ってるわけです。

でも、「言葉を選ぶ」とか「あえて言わない」ことの大切さって、高校生だとまだ気づきにくいんですよね。何なんでしょうね。

本能も先入見も、「厳密さ」に触れると消滅し去るのである。すべて生きて呼吸するものは、検証不能なものによって養われている。

これについてはDeep Learningによってこれからどうなるかわかりませんが、今のところは確かにそうですよね。まだ本能とか先入見みたいな抽象的なものを、科学的、数学的に説明するのって難しいですから。

生存とは「不条理なもの」への努力である。

この言葉も大好きです。「不条理」についてはカフカとかカミュあたりの本を読んでいろいろと考えてましたし、学校自体が不条理、理不尽な場所だったので、超共感しました。

「そうか、生きるということは不条理なものへの挑戦、努力なのか」と思ったわけです。たぶん、この言葉に共感する学生は多いと思います。

他の人々の名においてしゃべる者は、きまってぺてん師である。

誰かの名言を使って、正当性を説く人ってたまにいますよね。シオランに言わせれば、そういう人はみんなぺてん師だそうです。

まとめ

とまあ、こんな感じのことがシオランの「崩壊概論」には書かれてます。ニーチェのようにニヒリズム的思考が至るところに詰まってますよね。

ただ、この「崩壊概論」なんですが、確かもう絶版なんですよ。ぼくも国立国会図書館まで行って読みました。

もし古本屋さんかどこかで見つけたら、実際に手にとって読んでみると、感動しますよ。

世間ではニーチェの名言集みたいな本が出てしまったおかげで、ニーチェがあまりにも有名になりましたが、シオランももっと知られるべき存在だと思うんです。それくらい偉大な哲学者です。

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