読者さんの目を気にしすぎて、自由に書けてないブロガーさんへ

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いろんな人のブログを読んでると、「あくまで個人的な意見ですが」とか「まあでも、こういう場合もありますよね」みたいな書き方をそこら中で見かけます。

実際、ぼくもそんなふうに書いてしまうことがあります。そんなときにいつも思うのは、「ぼくはいったい何を伝えたいんだろう」ということです。

自分のブログなんだから、自分が書いてるに決まってるし、素直に自分の意見を書き散らせばいいのに、どうして読者さんの反応を気にしてしまうのか。

そもそもその読者さんとは、具体的に誰なのか。誰なのかよくわからない人のために気をつかって、それで自分の書きたいことが本当に書けるのか。

たぶん、「ラーメンおいしいよね」と言っても、「いや、ラーメンは健康によくない」と反論してくる人はいくらでもいます。

結局、何を書いてもそれを批判してくる人はいるし、逆に讃称してくれたり、同意してくれる人もいるはずです。

ブログという媒体は、テレビ、ラジオ、雑誌、新聞、本のどこよりも自由で、個人の色を出すには最高の場所ですよね。

そんなブログで誰かの目を気にしたり、誰かに遠慮するのはなんか違うなぁと思うので、今日はそんなことについて少し書いていきます。

読者さんに気をつかいすぎるのは止めよう

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ぼくは客観的とか主観的とかいう言葉があんまり好きじゃありません。

思い込みとか常識とか偏見だらけの世の中で、どこからが客観的で、どこからが主観的かなんて、個人、家族、地域、国、宗教によってさまざまです。

大多数が、科学が「こうだ!」と言ったからって、それが正しいかはぶっちゃけわからないわけです。それは歴史を見れば一目瞭然ですよね。

なので、もっと自分が素直に思うことを書けばいいと思うんです。自分の意見を書いた後に、わざわざ「ただ、それは人それぞれですよね」なんて付け加える必要ないんですよ。

そんなことは当たり前のことじゃないですか。「それくらいわかってよ」と書き手が胸を張って思っていいんじゃないでしょうか。

自分の意見の前や後にいちいち追記的に読者さんをなだめるようなことをしてたら、ブログとしての、記事としての印象とか影響力って半減してしまう気がするんです。

たとえば、「大企業だからって、同じ会社で定年まで働けるとか、いつの時代の話だよ」と本心では思ってるとします。

それなのに「今の時代は、どんどん転職してキャリアを上げていくという道もありますよね」とか「副業とかして自分で稼げる力もつけていく必要がありますよね」とやんわり自分の意見を提示した上に、「まあ、ひとつの考え方ですが」なんて付け加えてしまいます。

この一文があるかないかで、その記事自体の印象ってかなり変わってきますよね。

もし読んでくれてるのが右も左もわからないような人なら、そうやって「これが絶対というわけではないですよ」と付け足す必要も出てくるんでしょう。

でも、読んでくれてる人の大多数は、自分で考えて行動できる人たちですよね。なら、どう判断するかは、その人たち自身に任せればいいはずで。

「誤解を招く」と言う人の意見を尊重して、自由に書けるはずのブログを不自由な場所にしてしまったら、それは違うじゃないですか。

こういうことを書くと、「責任感が足りない」とか言う人も出てきそうですが、ぼくはそれよりも「そうか、そうだよな。もっと自由に書こう」と思ってくれる人が1人でもいたら、それで満足です。

まとめ

もしどうしても気になるなら、プロフィールに「このブログに書いてあることは、あくまで個人としての意見です」と載せておくとよいかもしれませんね。

どちらにしろ、はっきり書いてくれた方が読んでる側としてもすっと頭に入ってくるし、感情を揺れ動かされるので、おもしろいですよね。

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