若いうちは「かっこつける」のも「背伸びする」のもいいんじゃないの?

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この前、飲み仲間と飲んでたら、「最近の若い子は、かっこつけようとしないよね」という話になって、「おもしろいなぁ」と思ったので、今回はそのことについて。

そもそも「かっこつける」とはどういうことなのか。自分を他人によく見せる。自分がかっこいいことを主張する。だいたいこんなところでしょうか。

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もっとかっこつけよう

ぼくは今年で26歳になります。この年齢が若いか若くないかは置いておいて、たしかにかっこつけることへの抵抗感はいつの頃からかありました。

どうしてだろうと考えたときに、「なにかっこつけてるの?(苦笑)」、「ナルシストかよ」、「あいつ、痛くない?」など、かっこつけるのが恥ずかしいこととして、いつの間にか同年代の間で浸透していたからです。

それは一種のピア・プレッシャーであり、抜け駆けをすると、いじられる対象になることを意味しました。そのなかで大切なのは、いかにかっこつけないか。ぼくのようなかっこつけたい人種の場合は、いかにかっこつけてないように見せて、かっこつけるか。

どちらにせよ、積極的にかっこつける人は、減ったのかもしれません。実際、かっこつけのアイコンである大人の正統派バーや落ち着いたイタリアンに背伸びして行くような20代前半の若い子はほとんどいません。

東京でも京都でも、そんな若者に会った覚えがないくらい、絶滅危惧種になってます。

冒頭の続きで、飲み仲間が「昔の一橋の学生は喫茶店にコーヒーを飲みに行ったのに、今では自販機に群がる」と言ってたのは印象的でした。

その影響もあり、国立の喫茶店は年々減ってるそうです。自販機が増えたり、喫茶店自体が減ってるのもありますが、そもそもそれは若い人が行かなくなった、ということもあるのでしょう。

今でも「喫茶店=かっこいい、おしゃれ」というイメーはがわずかに残ってます。昔はもっと強かったはず。

バー、イタリアン、喫茶店、ジャズ、ビリヤード。最初はだいたいみんなかっこつけるために始めるものです。背伸びして、好きな女の子をバーに連れていくものです。

なんにも悪いことじゃないし、こういうのって若いうちにしかできないことだとおもいます。若いからこそかっこつけられる。

自分に酔うのはダサい、バカみたいと周りから思われるからといって、かっこつけたい衝動をおさえるのはもったいない。

「おれはあんなチェーン店のコーヒー屋さんに行ってる奴らとは違うんだ」と思っていいんですよ。そうやって言ってるうちに、かっこつけるための喫茶店ではなく、本当に喫茶店がすきになっていくものです。かっこつけるのなんて、そのきっかけにすぎません。

大人の場所に行く若者が減ったのは、そういうところに連れて行ってくれる先輩が減ったとか、時代に合わないとか、いろいろ言われます。

しかし、若い人が喫茶店やバーという大人の場所に行かなくなったのは、かっこつける人が減ったのが大きな要因のような気がしてなりません。

まとめ

みなさん、もうちょっとかっこつけたり背伸びしてもいいんじゃないでしょうか。

でないと、自分のすきな街がどんどんどこにでもあるつまらない街のひとつになってしまいますよ。

駅を降りたら、駅名を確認しないとどこなのかわからないような、ありふれたおもしろみのない街になるなんて、ぼくは絶対に嫌です。

ということで、今回は「若いうちは『かっこつける』のも『背伸びする』のもいいんじゃないの?」でした。

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