イタリア語を勉強して実感。やはり語学は現地に行かないとむずかしい

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最近になってイタリア語を勉強し始めたわけですが、全然おもしろくないんですよね。なにがって、覚えても使う機会がまだないし、覚える環境も一定だから、機械的な勉強になっちゃうんです。

じゃあLanguage Exchangeとか行けばいいじゃん、ってなりますよね。

でも、そういうことではなくて、実生活で使いながら学びたいし、本当に話せるようになろうと考えたら、やはり現地で学ばないと無理だと強く実感しました。

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言語は現地で学ぶのがいちばん

言語って、本を無理やり丸暗記したからって、話せるかといえば違うような気がします。

英語にしてもイタリア語にしても、人間とのコミュニュケーションツールであり、使う場所や場面もさまざまです。

また、文化的な要素も強い。そこを理解せずに勉強しても、表面的な知識だけが身につくし、それでは他の国の人と”コミュニュケーション”なんて取れません。

会話には常にいろんな文脈が絡んでるし、だからこそおもしろいと思うんです。ただただイスに座って、同じところで勉強しても人と話してもつまんない。

たとえば、イタリアだったらスーパーに行くだけでもめちゃくちゃたのしい。見たこともない食材がたくさんある。空気感も日本のスーパーとは異質。

そのなかで、知らない単語に出会ったり、知ってる単語を使うのと、いつも同じところで勉強するのでは全然ちがうはずです。

それに勉強するという目的の決まったところで勉強するのと、日常生活で言語を学ぶのは体験の質が根底から異なります。

周りは遠慮なんてしてくれません。もっとゆっくり話してと言ったら、イライラしてくる人もいるかもしれません。

なにが起こるかわからないし、話すことだけに集中するわけにもいきません。

そこがスーパーのレジだったら、後ろには並んでる人がたくさんいる可能性だってあります。列車に遅刻しそうなら、はやく列車の場所を聞かないと乗り遅れてしまいます。

日常の文脈では、物事は一定ではありません。そこに対応しながら、体験と一緒に言語を学ぶことにこそ、言語を学ぶ本当の意味があるんじゃないでしょうか。

だからって、現地に行くことを強制しないし、行かなくてもちょっとした会話程度ならどうにかなります。

ただ、そこで話されてるものは、そこに行って学ぶのがいちばんなのは自明です。あと、辛くてもきっとたのしいですから。

おいしい生ハムやスパゲッティを食べながら、イタリア語を学べるなんて、こんなにしあわせなことはないですよ。

ということで、今回は「イタリア語を勉強して実感。やはり語学は現地に行かないとむずかしい」でした。

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